木造大空間の落とし穴

 

最近、桁行45m×梁間25m、軒高6mの平屋の店舗の構造計画の依頼があった。鉄骨造で設計されたものを木造に置き換えるという内容である。鉄骨造は建物内部に10m×10mの範囲で柱があり角形鋼管とH形鋼のラーメン構造であった。一方、木造の条件は、建物内部に柱は設けてもよいが壁は設けてはいけない、すなわち外周部の壁のみで水平力を処理するというものであった。それは依頼の際に鉄骨造の構造図とともに送られてきた木造の提案図からの条件であった。その図面には外周部に耐風柱と耐力壁が配置され、梁間の方向に軽やかなトラスがかかっていた。トラス案ではコストが合わなかったため、建物内部に柱を設けて単純梁で構成した場合のコストを出すことが今回の目的であった。

 

10年前に似たような平屋の店舗を構造計画した際には、梁間に6m間隔で方づえラーメンを配置する計画とした。当時は水平構面に高耐力なものがなかったためラーメンフレームを採用した。昨今は木造校舎のJISで提示されている短期許容せん断耐力19.1kN/mといった厚物合板を用いた高耐力水平構面があるので、水平構面パワーでどこまで実現できるのかなぁとワクワクしながら検討を始めた。

 

検討は以前テラスのスクールで紹介した簡易構造計算シートで行った。このシートは水平構面の変形まで確認できるものである。

 

結果、水平構面の存在応力は6.32kN/mとなり、前任者の選定した水平構面の厚物合板四周釘打ちの短期許容せん断耐力7.84kN/m以下であった。しかしながら変形は45mのスパン中央で76mmとなり、仮に外周部の壁が1/150radで変形したとするとスパン中央の変形は116mmとなる。軒高6mから見ると1/52radとなるため、かなりの変形になることがわかる。仮に水平構面の耐力を高耐力水平構面の19.1kN/mにしても、スパン中央の変形は30mmで、壁と合わせた変形は1/85radとなる。この変形を許容するかは設計者の判断になるが、当事務所ではNGとしている。以上より、ラーメンフレームとするか、内部に壁を設ける必要があることがわかった。トラスで価格が合わないものをラーメンにしてもコスト的に合わないこと、内部に壁を設けるのはNGであることより、この物件を成立させるのは難しいという結論となった。

 

一方、建物内部に壁を設置してよいという条件であれば、25m×25mで高耐力水平構面13.5kN/mを採用すれば外周部の壁のみで実現できることから、梁間に5倍の壁を1.365mの長さで両側に3.64m間隔で配置すれば成立する。ちょうど先日のスクールで大木氏が紹介した梁間に袖壁がある倉庫の試設計のイメージである。また、もう一つの方法としては、梁間の外周部の耐力壁を二重壁等にして剛性を上げることが考えられる。仮に壁の剛性を1/300radとすれば、45mのスパン中央であっても1/120radが確保することができる。さらにコストの問題はあるが耐力壁の剛性を上げつつ軒高を上げるという方法もある。このように大空間を実現する方法はある。しかしながら、これらの調整は、相手に「プランを柔軟に木造に合わせてもよい」という意識と姿勢があり、かつ検討に十分な時間を確保できないと難しいのが現実である。

 

昨今、トラスで気軽にスパンを飛ばすことができるようになっているが、このように、大空間を検討するときには、水平構面の変形も意識して構造計画を進める必要がある。木造はほとんどの範囲がルート1で設計できる。法令上は地震時の検討において耐力壁の変形の確認のみでよいことになっているが、今回のケースのように応力がOKだからといって検討を進めると、思わぬ水平構面の変形で大きく手戻りになることも想定される。さらに、任意系の解析ソフトで水平構面を柔床として計算しない場合は、応力でOK、耐力壁の変形がOKであっても水平構面の変形が大きいという瑕疵を抱えた状態で設計を終えることになる。

 

空前の木造ブームで鉄骨を木造に置き換えるという話はこれから多くなると考えられる。その際に、まずは鉄骨造の構造計画をしっかり把握し、謙虚に慎重に木造に置き換えないと、大きな落とし穴にハマることもある。木造は鉄骨造に比べ構造的な知見がまだまだで木造ならではの特徴が構造計算ルートに反映されていないということを理解せず、「外力割増もスパンの制限もなくルート1で何でも建つから木造は楽ちん!」なんて考えると痛い目にあうことになる。また、鉄骨より安くないとだめだとか、木造だから安いんでしょとか、住宅の延長線上のイメージの押し付けでコストコストとやたら聞こえてくるが、コストを下げるための条件に歩み寄る姿勢と構造の安全性も忘れてはならないと考える今日このごろである。

2020年7月7日

木構造テラス理事 北村 俊夫